« 2010年8月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月20日 (水)

少年ナイフ 「712 Day Party」 新代田Fever 2011年7月17日

行ってきました。少年ナイフ恒例の712DayParty。東京は新代田のFever」。もう超満員かつ怒涛の盛り上がりの素晴らしいライブだった。私だけでなく、多くの人が少年ナイフを見るのを心から楽しみにしていたのだなとよく分かる雰囲気だった。個人的には震災以降、これほど楽しみにしていたイベントはない。前回も書いたけど、あれからしばらく音楽が聴けなかったなんて人たくさんいるはず。そんな気持ちをやさしく溶かして暖めてくれる音楽として少年ナイフは最高のものだったと思う。

当日Feverに着くと、凄い人、人。最初のActが大阪ラモーンズ(少年ナイフ)ということもあって、最初からきちんと見てみたいと思ったであろう観客が、時間前からフロアに溢れかえっていた。いつも書いてるけど少年ナイフのファン層は実に幅広い。10代の小学生から60歳以上の人まで最上級のロックには年齢制限がない。10代、20代だけが聴く音楽でもなければ、大人のロック専門でもない。これは少年ナイフがただただ良質なロックを良質なやり方で提供しているだけなので、子供が聴いても気持ちがいいものだし、洋楽ロックを知り尽くしている世代でもアクセスしやすいからだと思う。

本日は本編の少年ナイフのライブの前に、大阪ラモーンズと住所不定無職のライブが行われた。大阪ラモーンズは少年ナイフのラモーンズトリビュートバンド。私はこの大阪ラモーンズ、1990年代に渋谷でみたことがある。たしか皆レザージャケットで現れて、最後に背の高いジョーイが現れた記憶があるのだが、10年以上たってもまったく同じ演出だった。

少年ナイフの演奏するラモーンズは、少年ナイフの原点を垣間見るようなものかと思ったけれど、実際の感想としては「ラモーンズって優れたアメリカンロックなんだな」というものだった。評論家の大貫さんが「ラモーンズはパンクのオリジネーターだけど、60年代のビートを確実に感じさせる」というような主旨をどこかで書いていたけど、この大阪ラモーンズを見ていると全く同感。さかのぼればスペクター、ビーチボーイズの香りがし、パンクな疾走感の中にも、60年代ロックのもつエヴァーグリーンな感じがして、なんとも気持ちのいいものだった。ロックンロールハイスクールでの途中、おもしろいサーフィンミュージックのような低音パートをなおこさんがうまく一人で声を変えて歌っているところなど、パンクにとどまらない、普遍的なロックを感じさせてくれた。

またナイフ独特のユーモア感覚もラモーンズのもっている音楽性にぴったりでとても楽しめた。「ガキを野球バットで殴れ」だの「KKKが俺の彼女を連れ去った」だのしょーもない歌詞(失礼!)を、あんなキュートなナイフのメンバーがにこにこ歌うのだから、楽しくないわけがない。あっという間の30分だった。

そして住所不定無職をはさんで、いよいよ少年ナイフの登場。いつものナイフ通りの、色彩感覚豊かなカラフルなサウンド、心から幸せになってしまいそうな楽しい歌、ダンスせずにはいられないグルーブ、そして疾走感のなかにも哀感のあるメロディー。すべてが最上級の少年ナイフワールド。心なしか、すこしスケールが大きくなって戻ってきてくれたような気がする。3人の演奏に余裕があるし、心向くままに弾きながらも、3人のグルーブ、ハーモニーはぴったり。観客の声が大きくものすごい熱気の中でも、演奏、歌がはじけるように輝いている。

ちょっと横を見ると最前列付近の観客に少女が二人くらいいて、大人に負けずナイフソングを一緒に歌い、手を振っている。子供たちの輝かしい笑顔を見ていると今日のナイフがどれだけ素晴らしい演奏をしているかはっきり分かる。そして関東地方の皆がナイフの音楽をどれだけ待っていたかも同じようによく分かる。

途中「SuperGroup」が始まると、最初のフレーズから観客が大合唱。結成から30年で、代表曲ではなくて、最近のアルバムからの曲がハイライトのごとく合唱されるなんて、そんなロックバンド今まであっただろうか?結成から30年のバンドのほとんどが、最近からのアルバムは申し訳程度、昔の代表曲のオンパレードではないだろうか(それはそれで好きだ。無理に受けない曲演奏するより、きちんと客と向き合って代表曲やってくれるのはうれしい)。この日ナイフは3大代表曲ともいえる「バナナチップス」「ロケットにのって」「ESP」と演奏せず、ここ3作の新しいアルバムからも沢山演奏した。30年たっても今を表現し続けるナイフが支持されているのだろう。大合唱の光景をみてると泣けてくる。

この日、Supergroup以外にも個人的には「Old Stationary Shop」「Move on」「I am a Cat」などが特に印象に残った。最新の名曲「Move on」ではオリジナルメンバーのあつこさんもベース/コーラスで加わっての演奏。美しいコーラスの中なおこさんはこう歌っている「次に行こうよ。次に移っていこうよ。転がる石のように」。少年ナイフはどんどん先を見て転がって行っている。少年ナイフの次のページを見てみたい。そこにはまた素晴らしい感動が広がっていると思うから。ありがとう、少年ナイフ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

「今聴きたい少年ナイフの3曲」

 いよいよ少年ナイフ恒例の「712Day」の季節到来。先週末大阪でスタートし、ついに今週末は東京にナイフが戻ってくる。

思えば312日、13日の東京2Days、多くの人が楽しみにしていたであろう東京でのナイフのライブが残念ながら中止になってしまい、この712Dayを心より待っていたファンも多いのではないでしょうか。少年ナイフは敬愛するバンド、ラモーンズのカバーアルバム「大阪ラモーンズ」も出すことになっており、今週末のライブは期待度最高潮だろう。

そんな少年ナイフですが、早くライブを見てライブ評を書きたいところですが、まずは最近私が個人的に気に入っている3曲を紹介したいと思います。

最初は「Ramones Forever」。

これはもうお分かりの通り、今度出るアルバム「大阪ラモーンズ」に合わせて。ワンツースリーフォー、のカウントから始まるとても分かりやすくラモーンズスタイルを踏襲したラモーンズへのトリビュートソング。この点テンポ、サウンドからナイフがいかにラモーンズの影響を受け、大好きであることがひしひしと感じられる楽曲。完全なラモーンズスタイルのようで、どこまでも伸びのある美しく高揚するメロディーはやっぱりナイフのそれ。

歌詞の物語性の純粋さもこの曲の魅力の一つで、海外のラモーンズファン、ナイフファンからも評判が良いようで、よくこの曲を褒めているコメントを見かけることがある。ラモーンズに憧れ、自分たちもそれを目指し、それでその音楽スピリットを継承し、少年ナイフを通じて次の世代にも永遠に素晴らしさを引き継いでいく。この過去から現在、未来へと素晴らしい音楽が引き継がれていくモチーフはなおこさんがよく使用するもの。Like aSalmonGolden Years R&Rなどもそう。なおこさんが素晴らしいと思ったものをナイフの感性を通じて、次世代に引き継がれていく、そこにForeverという単語を度々使って想いを伝え、私たちはあの輝かしいサウンドとともにその想いを感動に変えてゆく。ナイフのそんな音楽マジックが高度に濃縮された名曲ですね。

次は「重力無重力」。さっきのRamonesForeverもこれもアルバム「funfunfun」から。話は変わって震災の後、まったく音楽が聴けなくなった、聴けてもある範囲内の音楽しか聴けなくなったという知り合いがとっても多い。もちろん時間がたった今、それも大幅に緩和していると思うけど、実際あんまりビートが激しかったり、強烈な音楽は聴けない、ヒーリングやゴスペルのような魂の癒しにつながるものでないと受け付けないなんて記事も目にした。私は地震からすこしたってから、割となんでも聴いてきたけど、そういう気持ちはすごく良くわかる。

少年ナイフで癒されてよく聴いたのは、この「重力無重力」。これはなんともやさしくて気持ちいい曲で、自然なテンポとハーモニーが、ふわっと広がって包まれる感じが癒される。このエコーも音響的に素晴らしい。イントロでのギターのコードによるテーマの提示が、このやさしく体がほどけるような歌詞を見事に音として表現している。

最後は「ロックンロールケーキ」。

これは説明が必要ですが、わたしにとってこの曲こそラモーンズミーツナイフだと思っている。

ラモーンズで一番好きなアルバムはというと、ほとんどの人はデビューアルバムを挙げるだろうけど、私は何と言っても「エンド・オブ・ザ・センチュリー」。これフィルスペクターがプロデュースしているんですが、このフィルスペクターのプロデュースが、なんともジョーイのロマンティックな面を引き出していて素晴らしいんですよね。

フィルスペクターといえばなんといってもロネッツ、ビートルズ(ジョン、ジョージ)のプロデュースが有名なわけですが、なおこさんがあるインタビューで面白いこといっていって「自分たちは外国ではよく、ラモーンズとロネッツと比較される」と発言してるんです。これってつまり「エンド・オブ・ザ・センチュリー」じゃないと興奮してしまった。実際ラモーンズはこのアルバムでロネッツをカバーしているわけですが、ラモーンズとロネッツを並べると少年ナイフか、と面白いつながりを発見。そう考えるともっとも「エンドオブザセンチュリー」っぽい、ラモーンズとロネッツが合体したようなナイフの楽曲はと考えると、「ロックンロールケーキ」に行きついたというわけです。別にこの曲がフィルスペクター流の一発録音でエコーでお互いの音が干渉しあって一体感みたいなわけではないけど、結構フィルスペクターのプロデュースしたラモーンズっぽいとはいえるのでは(はっきり言って、私の勝手な意見ですが。だれも同調してくれないかも)。全体的なロマンティックな雰囲気、ナイフにしてはめずらしくかなり音の厚みを感じさせる一体感のある音作り(音の厚みでベースラインがよく聴こえないところまでに似ていたりする)、えっちゃんの特徴あるキックの効いたドラム処理、エコーを効かせた音空間など、これこそ私の好きなエンド・オブ・ザ・センチュリーに近いぞと、個人的にかなり盛り上がっています。いかがでしょうか?いよいよ東京公演間近。みんなで盛り上がりたいですね。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 8日 (金)

「 B&W(Bowers & Wilkins)805 Diamond 」オーディオレビュー

このブログ、ほぼ一年も休んでしまった。音楽やオーディオに興味がなくなったわけではなく(むしろまったく逆で)単に忙しすぎただけなのですが、その間に震災/原発問題があり、とても音楽のことを書いている余裕もなくこのままではもう再開できない気がしてきた。でもここは勇気を振り絞って、こういう話題をしていってみようと思います。なんとか適度に更新して、こんな大変な時だからこそ必要な、音楽の素晴らしさを、そういうものを求めている人と共有できれば幸いです。

超久しぶりなので、趣味のオーディオの話題から。オーディオなんてのんきな話題ですが、震災後はライブに出かけるよりも家のオーディオでの自分の心境に合う音楽を心ゆくまで堪能するほうがずっと気分がよかった。一人で音楽に向き合っているとそれが自分にとってどれほど大事なものかよく分かる。

オーディオといえば今私の部屋のスピーカー。昨年に変化があった。昨年5月、使用していたスピーカーを「B&Wノーチラス805」から「B&W 805 Diamond」に替えることになった。このブログのタイトルにもなっているノーチラス、それがなくなったら「ノーチラスのある部屋」ではなくなってしまったが、10年も大切に大切に使い込んだ愛機だったので、自分の部屋から出ていく時はとてもさみしかったし「今まで最高の音楽をありがとう」と心でつぶやいて送り出してみた。

代わって部屋に着たのはノーチラスの後継機種Diamond。色は全く同じものを選んだので、普通の人にはスピーカーが変わったようには全く見えない。ある意味保守的な選択だし、なんでそんな形も色も大きさも同じものを買い替える必要があるのか疑問に思う人もいるかもしれない。これは説明するのが大変難しいのですが、ノーチラス805を心底信用していたために、B&W社がこれまでで最高の完成度の高い後継機種を出すと聞いて、ノーチラスがさらに凄くなったことを考えるだけで我慢できなくなくなり、なんとかこの部屋で聴いてみたいという思いが高まったためなのです。「ノーチラス805を使っていて、Diamondちょっと高いけど買い替えてみようか悩み中」なんて方きっと多いでしょう。私に関していえば、805Diamond、自分にとってベストマッチのスピーカーだった。

ノーチラス805というのは、一言でいえば「スタジオライクな美音スピーカー」ということになると思う。曖昧さのない、無色透明だけでほんのり美音が香るという感じだろうか。美音を演出しているのがあのノーチラスツイーターであることは間違いないけど、柔らかい低音も寄与していると思う。ただこの柔らかく厚みのある低音が美音を定義付けると同時に、美音をはみ出さないというかある種エッジののった表現や迫力みたなものを多少苦手としていた側面もあったかもしれない(ガッツが必要なジャズとかシンセの施した現代ロック、ヒップホップのようなスタジオで強調された低音など)。

比較すると805Diamondは美音とか香りとかがあまり感じられない。なんというかCDに刻まれた音楽がただただそのままが目の前にフゥーーッと現れるといった感じなのである。とにかくスピーカーによる味付けみたいなものがほとんど感じられず、CDプレーヤーのDACからアンプもスピーカーも経由していないかのように、音楽が突然目の前にスッと現れた感じ。CDプレーヤーがいきなり空気に変化してしまったごとく、ストレスがなく音楽が現れては消えていく。空気感とかサウンドステージとか呼びたいところだけれど、そういう言葉がイメージさせる「空気感はあっても実在感がないのでは」という心配がまったくない。CDに刻まれているものが、瞬間解凍されて音楽が展開するイメージなので、このスピーカーは音楽のジャンルによる得意、不得意という概念がない。CDがそのままストレスなく演奏されるだけなのだから。だから言葉本来の意味でスタジオモニター的なのだろう。こういう、ある意味個性がないのでこのスピーカー、ダメな人は全くダメかもしれないが、よくB&Wで見かける評論で「優等生的」とあるけれど、これはそういう言葉も当てはまらない。音楽が演奏されるがままに立ち上がってくる「音楽演奏」スピーカーのような呼び方しか思いつかない。

この805 Diamondでロックからジャズ、クラシック、ボサノバ本当に何でも聴いている。このスピーカーと一緒に音楽世界一周どこでも音楽旅行ができる。これからもいろんな音楽の楽しさをみんなにも伝えてみたい。(ただしこの素晴らしさはセッティングが決まってのこと。このスピーカー、低音をきちんとバランスよく鳴らすのが大変難しく、私もセッティングに数ヶ月かかったので、この点は要注意です)

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2011年8月 »