2010年3月17日 (水)

「DIRTY PROJECTORS / ダーティ・プロジェクターズ」 Shibuya CLUB QUATTRO渋谷クラブクアトロ  2010年3月16日

ここ最近のベストともいえるライブだった。ダーティ・プロジェクターズの来日公演、昨今のニューヨークシーンの充実を象徴するかのような圧巻のパフォーマンス。

昨年出た傑作「ビッテ・オルカ」の世界をどう表現するのか楽しみでいっぱいであったのですが、CDとはまた別の意味で美しくも自由で開放される音楽がそこに展開されていた。素晴らしすぎて、一緒に見に行った友人とその後何時間もこのライブについて語り合ってしまった。

なんといってもまず特筆すべきはあのボーカル+コーラス。CDで重ねられていた女性コーラスが大好きだったので、「でもあれはライブで再現できないだろうな」なんてふんでいたら、とんでもない、CD以上に美しく透き通っていながらも、力強いコーラスが全編にわたってライブ会場を満たし、「ああ、もうこのコーラスに一日中浸っていたい」というくらい気持ちよかったです。

友人とも話したのですが、ロックってコーラスに関してまだまだ本当に未開なんだなと思った。ビートルズ、ビーチボーイズ、クイーンとかいくつかのバンドが美しいコーラスに挑んでいるけれど、まだまだやれること、やるべきことがたくさんあり実験の余地があることを見事にダーティ・プロジェクターズは提示した。クラシックの世界ではとっくにやりつくしているコーラスの表現世界。実はロックでは開拓していない領域であることを新たにした。なにしろ女性3人がコーラスをつけるのですが、ときに2人になったりその二人のペアが3通りあり(3人のうちだれか二人組むと3通りのパターンがありますよね)、それぞれ違ったコーラスを聴かせるのだから面白い。

リズム面でもあまりきまったパターンがなく、まったくあきが来ない。静かで和音を奏でていたと思ったらギクシャクしたドラムとギターがかき鳴らされたり、ドラムとギターでノリノリ状態から突然ギターとコーラスだけになったりとか、リズムやハーモニー面での緻密で複雑な流れがすばらしい。まったくインディーっぽさや、ローファイっぽさはなく、かなりテクニックのあるプロフェッショナルなバンド。

また面白いのはそれだけ斬新なサウンドデザインを持っていながら、トーキングヘッズ、ボブディラン、ホライトストライプスなどのアメリカロックの伝統をきちんと継承していること。それはつまり一見インテリくさく、アバンギャルドな要素を感じさせながらも、完全にポップス、ロックとして聴かせる懐の深さをもっているということだ。

「ビッテ、オルカ、オルカ、ビッテーー」の叫び、最高におかしくてユニークでした。今年の私のテーマ曲にしたいです。みんなで叫んだら楽しいよね。オルカ・ビッテ~。Dirty Projectors最高の感動をありがとう。

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2009年12月28日 (月)

「ポールマッカートニー ソロ時代を聴く」

ビートルズのメンバーでは断然ジョンレノンが好きで、ジョンのソロ時代のアルバムはビートルズとは別の意味で大切に聴いてきた。でもビートルズ時代のポールはもちろん大好きだったのだけれど、なぜかソロ時代のアルバムは得意ではなくてあまり聴いてこなかった。ジョンもジョージもソロ時代はビートルズとはうまく離れて独自の価値のアルバムを作ることができたけど、ポールはビートルズを引きずりながら、うまくソロとして表現でききれなかったのかななんて勝手な思い込みを持っていた。

なんでだろう、この年になってポールのソロ時代のアルバムが完全に理解できるようになってきた。今までのが本当に思い込みに過ぎなくてポールはポールで独自のすばらしい世界を築いていたんだとようやく気づかされた。もったいない話だけど、それでも今になって気がついてよかった。今年ビートルズリマスター以上にポールに楽しませてもらいました。宝の山が突然目の前に現れたかのよう。せっかくだから大好きなアルバムベスト5を紹介しましょう。

第5位「Venus & Mars」

ビートルズ以降、ポールが目指した方向が4つほど感じられて(1)サージェントペッパーズのような曲と曲との関連性をもたせたトータル性(2)アビーロードのような組曲(3)R&Bやレゲエなど黒人音楽あるいはそういったグルーヴのあるビートへの接近(4)初期ビートルズのようなライブ感のあるエンターテイメントロックではないだろうか?このアルバムはそういう観点からすると(1)と(4)の部分をポールなりに完成させた、やりたいことをやって成功させたアルバムだろう。とにかくトータル性があって、曲のつながりがよく、アルバム一枚として聴きやすいし、エンターテイメントアルバムとして最高の出来だ。アレンジが凝りに凝っていて、サージェントペッパーズでやり残したことをここで全開にやってみたのか、ただビートルズよりずっと開放的で気軽に聴けるロックになっているのがポールらしい。文句のつけようがない一枚。

第4位「Ram」

発売当初最悪の評判を呼んだといわれるこの作品も、昨今ではミュージックマガジンあたりに最高傑作の評価を呼んでいる。ポールのすべてがここに表現されていると評価されるようになっているけれども、再評価してくれることはとってもうれしいけど、これがポールのすべてかといわれるとちょっと答えに窮するなあ。上の4つの方向性のなかで、これは(1)、(2)、(4)は確かに含んでいるかな。このアルバムも一曲一曲の完成度がずば抜けているというより、曲と曲のつながり、全体的なアレンジ、面白いアイディアなどが素晴らしい。とにかくアレンジとそれに伴う音深い響きは、スピーカーからぜひ聴いてほしい。素晴らしくいい音がします。特にRam,アンクルアルバート、Back Seat of My Car などアレンジとメロディー展開が凝っていて、通向けとしかいいようがない深い響きを聴かせてくれます。

第3位 「Chaos And Creation In The Back Yard」

Ramより上に持ってきました。もう完成度だけとったら全曲、ビートルズのホワイトアルバムに入れてもおかしくない出来。きめの細かいアレンジ、大げさに展開せず、英国風の品のあるコード展開、それに寄り添うすべてポールが担当する楽器演奏。この作品の貢献度にプロデューサーのナイジェルゴドリッチの役割は多大ですね。彼がいなかったらはっきりいってポールはこれを作れなかったでしょう。この作品に関しては上の(1)~(4)のどれでもなく、また1stアルバムのようでもなく、ポールのディスコグラフィ上もっとも異色な傑作だと思います。一聴地味なので、通勤とかでなく、部屋でスピーカーから音だして聴いてみてください。室内楽を演奏するがごとく。ロックではありませんが、これもポールの最も優れた一面であることは間違いありません。

第1位 「Tug of War

すみません、2位がなく、1位二つです。これもやはりジョージマーティンプロデュースというのが決定的でしょう。さらにはエンジニアがジェフエメリック(VenusMarsもそうです)。完璧にビートルズの再現ですねこれは。本人も封印してきたんですね、ビートルズ風というのを。真面目な人なんですね。でもこのアルバムでは遠慮なく、ビートルズのポールマッカートニーを全開。もう泣くしかありません。前編美しすぎるし、ロックで決めたパウンドシンキング(経済/不況ソング)もポールソロ史上もっとも品格と風格にあふれたロックサウンドです。これは発売当初から大好きでした。なにしろビートルズっぽいですから。ビートルズを卒業したファンが初めて聴くポールには最適でしょう。

第1位 「Band on the Run」

これもTug of Warとならぶポールの最高傑作ですね。上の(1)~(4)の要素がすべて詰まっています。初めて聴いたときこれがぜんぜん分からなかったのです。なんかメロディーの繰り返しが多くて単調に聴こえて。今だとこれがいかに凄いかよく理解できます。ポールはリズム面で大きなチャレンジを自分に課したのですね。R&Bのようなグルーヴを自分の曲に持ち込んで、その上でハーモニーとメロディーを組み合わせてみようと。多くの曲を自分ひとりで(とくにベースとドラム)演奏したことが幸いして、リズムとハーモニー、メロディーが最高の形で表現できた一枚です。昔単調に聴こえてしまったのは、このリズムを主体に組み合わせたハーモニーとかを聴き取ることができなかったから。今ならいかにすごいことをやってそれを、美しく響かせることに長けた作品なのか分かりすぎるくらい分かります。あと単純に名曲も多いです。タイトル曲にJet,BlueBirdなどなど。ちなみにこのアルバムでのりリンダとデニーのコーラスワークも見事に決まっています。

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2009年12月24日 (木)

「リマスターで聴くThe Beatles」

先日日経新聞を見ていたら今年のヒット商品番付みたいなのが載っていて、なんとビートルズのリマスターがランクインしていたのでびっくりしてしまった。この日本で累計200万枚ちかく売れたというのだから本当に驚き(まあ、私みたいに一人でMonoBox,StereoBox買ってしまった人とかもいるから、実質10何万人なのかもしれませんが)。

ご多分に漏れず、この2-3か月、いつ以来だろうか、ビートルズにのめり込みました。思えば初めて好きになったロックで、それこそその後の人生を決めてしまったようなバンドだから、とにかくたくさん聴いたわけで、正直今更リマスターで音が良くなったからといってそんなに聴きこむかなと思っていたのだけれど、はまりました。音が良いってやっぱり凄いね。もちろん所持しているオーディオ装置も子供のころとは比べ物にならないので、音の良さも、リマスターと愛器のオーディオ(B&W,アキュフェーズ)の相乗効果で、昔を懐かしむのではなく2009年の音楽として楽しむことができた。

ビートルズのリマスターでとても好ましく思えることが2つある。1つは若い人も年季の入った人も、ロックが専門外の人も、ビートルズという「古典」に触れることで、ロックの貴重な財産に出会えること。ロックはクラシックやジャズと違って歴史が浅いため、ジャーナリズムはロックの素晴らしさは「同時代性にある」と訴えているような気がする。それは間違ってはいないけれど、同時代的な音楽も昔のロックのフォーマットを無視したり、影響をのがれたりはできないだろう。同時代の音楽を聴く楽しさと、古典を聴くことの楽しさと相反するものではない。ビートルズがなぜ歴史を超えて世界を超えて愛されつづけるのか、その深みを味わえる。

2つ目は「レコーディング芸術」としてのレコードやCD作品を楽しむことを再び光を当てたこと。これまた最近のジャーナリズムの風潮は「音楽はライブだ。フェスティバルだ。」というのがあまりにも行き過ぎていて、録音されたCDは、ライブの予習くらいのイメージ、つぎのライブに行くまでの、時間つぶしのような位置づけになってしまってきている。まあCDが売れないからそうなってきている面も大きいのだけれど、私のようにオーディオ好きで、そのために録音されたCDなどのレコーディング芸術を愛する立場からすると、最近のCD軽視はなんだか残念なような気がする。「優れた作品には、みんなが思っているよりずっとたくさんの感動が記録されているよ」と大声で叫びたい感じなのだが、このビートルズのリマスターはまさにそんな気分を後押ししてくれる。特にビートルズはある時期レコーディング芸術としてのレコードを意図的にライブと同等に優れたものにすべく注力していった。「サージェントペッパーズ」「リボルバー」等明らかにレコード芸術をめざしたビートルズの姿勢がある。リマスターCDは、ライブだけが感動できる音楽のあり方ではなく、CDも同じように楽しめることを教えてくれる。そんなリマスタービートルズ、私が好きな作品、あるいはリマスターで見直した作品も含めて、ベスト7の感想を。

第7位「Beatles for Sale

地味、過渡的の一言で片づけられてきたフシがあるアルバム。振り返ってみて、たしかにこのアルバムを好きで聴きこんだ記憶があまりない。半数がカバーだからか、昔のCDやレコードの音が良くなかったからなのか(良さを反映できていなかったからか)。ところがリマスターで聴くと、もう新鮮そのもの。音が良くなったおかげで、このアルバムのもっている陰影感、奥行き感をずっと素晴らしく感じることができる。冒頭の3曲、おもにジョンの絶唱が好きでそこを中心に聴いていたけれど、リマスターは実にコーラスを美しく浮かびあがらせてくれる。この時期のビートルズがフレッシュさだけでなく、幅の広い表現を身に着けてることを感じさせてくれる。演奏も昔はカントリーなんて言われていたけど、陰影感を出すための軽さを表現できてると言った方が適切なような気がする。あまり好きじゃなかった「カンサスシティ」とか音のぬけが凄くて、コーラスのステレオ感が最高にカッコよいですね。イヤ反省しました。フォーセール、マイランキング上昇中です。

6位「With The Beatles

これ初めて買ったビートルズのオリジナル作品なんです。中学生の時、LPレコードでした。しかしなぜかその時の感動より、リマスターの方がずっと新鮮だったので驚いた。リマスターではっきりわかるのが、ファーストアルバムとの実力の違いと、R&Bへの傾倒度。子供のころは、ファーストとこの作品とひとまとまりに捉えていたけれど、故小野作品はずっとうまくなっていて、いわゆる「グルーブ」感が凄いですね。ジョンとポールのコーラスの掛け合いも迫力満点。「ハードデイズナイト」の洗練された感覚ともちがって、R&Bをごりごりとライブ感たっぷりにぶつけてくるところがこの作品の魅力。リマスターでのドラム、ベース、コーラスは生まれ変わったみたいに音がいい。

5位「Rubber Soul

1位に選ぶ人も多い、素晴らしい曲満載でムーディーなビートルズが聴けるところが魅力な中期の傑作ですが、リマスターだとベースになるビートの多彩な変化が味わえて、もともと多彩な色を持つこの作品が更に、切れも深みも増した感じです。美しい名曲という感じで正直それ以上のめりこめなかった「ミッシェル」など、そのリズムのおしゃれ感覚、ハーモニーの豊かさなど、なぜ人々がこの曲を傑作として扱ってきたのかが、遅まきながらやっとわかってきた。ジョージによるシタールの導入、ジョンのある意味ピークをなす傑作群はリマスターにより永遠の輝きをもたらしてくれると思う。

4位「The BeatlesWhite Album)」

まあこのあたりになると特段順位があるわけではなく、どれが1位でもいいのですが。最近もっとも評価が高いアルバムですね。ビートルズによる音楽宇宙という評価にまで高まった傑作ですが、ごった煮スタイルで様々な音楽が導入されてるのは皆さんご存知だと思います。なかでも、メンバーが独立してアコースティックで録音した曲が多く(いろいろ不仲もあったみたいですが)、このアコースティックナンバーが大いにリマスター効果をあげている。ブラックバード、マーサマイディアなどなど。もちろんこのアルバムの最大の魅力であるジョンのシャウトしまくるハードロック群もよりエッジをもって迫ってくる。まあでもこの作品はリマスター効果というよりは、この独特なスケールの大きさこそが永遠の魅力なのでしょう。

3位「Revolver

これは今回のリマスター効果の最大限の恩恵をうけた作品の一つでは。ベースとドラムの低域の迫力、豊かさ、グルーブが半端じゃない。どれもカッコイイのだけれど、なんと今まであんまり聴かなかったジョージの2曲(タックスマンを除く)が、シタールを巻き込んでインドとロックが完全融合した崇高でノリのある曲だと初めて心の底から感動できたのが一番の収穫。この作品も、ロック的かつ現代的ということで再評価著しい作品であるが、どうもそれがジョンの「Tomorrow never knows」(これ文法的には全然正しくないとエンジニアのジェフエメリックが言っておりました)に偏っているのが気になっていますが、このジョンの名曲だけでなく、ジョン、ジョージ、ポール(そしてリンゴもイエローサブマリンで最高のパフォーマンス)のそれぞれの実力がみごとにバランスをとっているのが、素晴らしい。とにかくビートに切れ、コク、深みがあってそこだけ聴いていても、心を奪われる

。第2位「Sgt Peppers Lonely Hearts Club Band

これが近年評価を下げているというか、人気が下降してきている作品かもしれない。私自身は元々この作品が好きになれず、リマスターがでるまでどうも何度も繰り返し聞くというタイプの作品ではなかった。ポールが主導を取り、これといって名曲の集まりというのではなく、そこそこの曲を、とてつもないアレンジとコンセプト立てしたところに凄味があり、ただそのゴージャンス感が自分には合わないのかなあなどと思っていた。ところがこの素晴らしいリマスターで、アレンジやコンセプトというより、音自体の練り込まれた魅力、磨きに磨き込んで多彩な色を放つ、その美しさに圧倒されてしまった。「あ、これがサージェントペパーズの凄さか!」と今頃気付いたというわけです。

1位「Abbey Road

これはリマスターと全然関係なく、とにかく一番よく聴いたビートルズのアルバムということで1位です。ジャケット、アビーロードという響き、しなやかな美しさ、メドレーの圧倒的な構成力、不思議な透明感すべてが好きです。迫力がないとか、表面だけとりつくろったビートルズとかの評価もありますが、これぞビートルズとも思わせる高みともいえます。リマスターで聴いてもこれは新鮮というより生まれながらの永遠なる作品という感じで完結した作品ですね。

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2008年12月 4日 (木)

少年ナイフ 「Super Group」 2008年

少年ナイフの新譜「SuperGroup」が発売され、購入してから約一カ月経つけれど、未だに毎日聴いている。傑作とか感動とか考える暇もなくとにかく時間があれば聴いている。気持ちいいとしかいいようがない。「原点回帰」をテーマにしたというこのアルバム、3ピースでギター、ドラム、ベース以外の楽器なし、全編英語の歌詞というフォーマットで貫かれている。「原点回帰」というのは、もう一度3人編成のバンドにもどり(このアルバムからベースのりつこさんが加入)、少年ナイフの音楽的原点である洋楽の要素を持ったポップでロックをシンセサイザー等の楽器なしで演奏するというもの。

音楽的に一番影響をうけたというラモーンズやバズコックスのような音楽を「原点」とするわけでなく、あくまでも編成的なものとかバンドが3人に立ちかえったことを「原点回帰」としているようである。事実バンド結成当初には見られなかったロック黄金時代の70年代テイストが幾つかの楽曲ではかなり大幅に持ち込まれている。私はもう少年ナイフの大ファンなので、この作品を何度も聴いてしまうことがこの作品の素晴らしさなのか、少年ナイフならば何でもよい状態になっているのか自分でも区別できないのだけれど、ファンでない方にもこのあまりにも「気持ちがいい」ロックを多くの人に聴いてもらいたいと思っている。

今回のアルバムは基本70年代ハードロックテイストをベースにポップであったりイギリスカントリー風であったり、ウイングスの「Jet」のカバーありとバラエティに富んでいる。でもサウンドのイメージはかなりハードなロックに統一され、ポップでカラフルだった前作とはうって変わってアグレッシブな印象だ。誰が聴いても「ロックだなあ」と印象をもつそういうアルバムである。それでも少年ナイフの「ロック」は特別である。フォーマットは普通のロックだし、新しい方向性なんてものがあるわけではない。なのに少年ナイフがロックを演奏するとあたかも昨日ロックが生まれたかのように生き生きと新鮮に蘇る。ロックが新しかった時代なんてとっくに終わっているし、時代の先端表現でもない。「ロックは死んだ」なんていうフレーズももはや響かないくらいカウンターカルチャーとしての力も失っているし、3コードのフォーマットもそれを奏でるだけでは興奮できなくなってきている時代だ。でも少年ナイフの「Super Group」を聴いていると、ロックというフォーマットも演奏者次第で60年代や70年代の輝きをいつでも取り戻せるのだなと痛感した。

「Super Group」は何故この時代にロックに輝きを与えることができるのだろうか。たぶん1.メロディー 2.音色(歌声)3.アンサンブルにあるのだと思う。音楽の3要素がメロディー、リズム、ハーモニーとなるとしたらロックは何と言ってもリズムが中心になる音楽だと思う。でも少年ナイフの親しみやすさ、いつまでも続く感動、何度もリピートしたいと思わせる要素の筆頭はメロディーかもしれない。この新作でも全曲一回聴けば2回目からは一緒に歌えるというくらいシンプルで奥行きの深いメロディーが展開される。特に1曲目のタイトル曲のメロディーラインは凄い。今時これだけロック黄金時代に負けない輝かしく普遍的なメロディーを書けるソングライターは世界でも多くないのではないか。好き嫌いは別として、オアシスのノエルと匹敵すると言っても過言ではないと思う。

このアルバムは各楽器の音色、歌声の感触が素晴らしい。これは録音と表裏一体だから、アルバムのエンジニアリング、プロデュースとも大きくかかわるけれど、とにかく音が素晴らしい。ギターは高域をキラキラまき散らしながらも、ザクザクとした肌触りと奥行き感をもった厚みのあるサウンドを終始かき鳴らし、ベースはその低音に制限がないかのように下の下まで良く伸びる。ドラムはバスドラの一撃がスピーカーを響かせ、フレーズにダイナミクスと切れを与えている。歌もどこまでも軽やかで美しい。この何とも素晴らしい音色をデジタル時代、シンセサイザー時代に育った人たちもぜひ全身で感じて欲しい。

3人になって少年ナイフのアンサンブルは間違いなくネクストレベルへ移行したように思える。単調かつシンプルというわけでもなく(多くのパンクバンドのように)、3人が卓越した技術をぶつけあう(ポリスみたいに)わけでもなく、その中間。お互いが自由にテクニックを出して演奏しても、それが自己主張しあうのでなく、呼吸しあう柔軟なアンサンブル。だから音が固まりになって飛び出してくるわけでもなく、緊密すぎる構築感でもなく、暖かで気持ちよくて幸せな演奏。だからこそ何度もリピートしたくなる秘密がここにある。

またアルバムとして見ると構成も素晴らしい。ポップな「SuperGroup」で始まり、その後気持ちの良いハードロックが続き「TimeWarp」から一転、気持ちを落ち着けながら徐々に高揚していくような展開になり最後にまたもやポップな「Jet」で解放されるとやっぱり1曲目にもどりたくなる。I-Pod時代、アルバムを構成する要素で曲順を優れて構成することで感動を引き出すなんてことを考えるアーティストも絶滅しかかっているけれど、このあたりさすがである。またジャケットも実に丁寧な紙ジャケットで、原色を中心とした発色のノリもとても美しく手にとって聴くにふさわしいクオリティ。素晴らしい演奏、最高の録音、見事なパッケージング、「Super Group」こそ大人が聴く必聴のロックだ。

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2008年2月 2日 (土)

「イン・レインボウズ / レディオヘッド in Rainbows / Radiohead」2007年

先行ダウンロードリリースが話題になったレディオヘッドの新作「イン・レインボウズ」昨年末にCDで入手してから一ヶ月、毎日のように聴いている。2007年最高のロックアルバム、そしてレディオヘッドの最高傑作というだけでなく、個人的にはロックという分野では10年に1枚というくらい好きな作品となった。

どこがそんなにいいの?と聞かれるとこれが難しい。メロディーがずば抜けてポップとか、これまでに聴いたこともない革新性とかを備えているわけではないと思う。孤高のロックバンドなどど雑誌で形容されるレディオヘッドはこれまで「革新性」(ロックフィールドにおける)が身上だった。現代のプログレッシブロックというに相応しい、複雑な構成を持った楽曲、それに伴うエッジが立っていてテクニカルな演奏、最先端のテクノロジーをふんだんに使ったサウンドプロダクション。これだけなら他のロックバンドでもありそうではあるが、レディオヘッドには他にも2つの大きな要素があった。

1つは「ベンズ」「OKコンピューター」といったアルバムで見られた「ロマンティズム」というべきドラマティックなメロディー。それと「KID A」以降で展開した「反ロック」とも言うべき、惰性的なロックのあり方に対する反動を表明するサウンドプロダクション。前者はカラオケでも歌えるほど美しいメロディーと透明感が共感を呼び、未だにレディオヘッドの最高傑作は「ベンズ」なんていう人も全体の半分くらいいる。そして後者は「反ロック」の姿勢がエレクトロニカやジャズなどのサウンドを包含させ、無機質なまでのクールなサウンドが逆の意味で「これこそロック」と評判を呼ぶものとなった。

ところが新作の「イン・レインボウズ」この2つの要素がごっそり抜け落ちていて拍子抜けしてしまうほど、あっさりとして美しく聴きやすい作品に仕上がっている。ではまるっきり新しいレディオヘッドがそこにいるのかというと、フレーズや演奏、楽曲はこれまで発表してきた表現の集大成といった感じで、「革新的」というわけでもない。だからこの新作、私のように大絶賛する人が相当数いるものの、アマゾンなどの評を読むと「物足りない」「もうレディオヘッドは孤高のバンドではなくなった」との声も多い。私は個人的には「10年に1枚の作品」などと思っているからどこが素晴らしいのか伝えたいのだけれど、これが凄く難しくてこのブログに書くのに1ヶ月もかかってしまいました。

この作品の楽曲はとても不思議な魅力を持っている。どれも明確でカラオケで歌えるようなはっきりしたメロディーやフック、サビはもっていないけれど、全体的にはとても美しいとしか言いようのないメロディー、演奏になっている。「KID A」あたりから持っていた神経的なエッジの立ち方はまったくなくなっていて、これまでのレディオヘッドの作品が「溶解」して、トロトロになって流れ出し、広大な音空間に徹底的に磨きこんで再配置したような音の「粒立ち」がそこにはある。そしてその音の粒立ちをバックにして、これだけは絶対に明確に言えるのだけれどトムヨークが過去最高のボーカルを聴かせてくれる。このトムのボーカルの飛躍ぶり、上達ぶりはこのアルバムのハイライトだと思う。カラオケで歌えるようなメロディーではなくとも、まるで楽器の一つのように、自由自在に音空間を駆け回り、人の心に深く浸透する声と歌はそれだけでも感動する。

演奏もエッジが立つのではなく、柔軟かつ緻密。アコースティックな要素とエレクトロニックな要素が対立するのではなく、境界を見つけるのが難しいほど溶け合っている。つまりはバンドのメンバーが自然にロックして、グルーブして、その演奏と同等のレベルでエレクトロニクスを自然に取り入れることがこれまでの経験からできるようになったのだろう。「エレクトロニカ」とか「ジャズ」とか「オーケストレーション」とかいう必要はもはやなく、すべてが自然に溶け合って美しさを形作っている。

トムヨークのボーカル、柔軟でグルーブがあり、巧みなエレクトロニクスを取り入れたバンドサウンドに加え、私がもっとも気に入っているのが音である。サウンドプロダクションとか、サウンドスケープとか、いろんな言い方はあると思うが、端的にいって、「音」が圧倒的に素晴らしい。この「音」は2つの要素に分類できて、1つは録音、ミックス、マスタリングといったサウンドエンジニアリングに関わること。2つ目は「音色」、つまりどういう音で表現したいかという音楽表現における音の色彩感覚のこと。「イン・レインボウズ」はどちらも最上級の仕上がりである。そしてここに付け加えなければいけないことがある。この作品におけるレディオヘッドとプロデューサーのナイジェルゴドリッチの役割は5:5といっていい。それくらいこの音に関するナイジェルゴドリッチの果たした仕事はずば抜けている。

誰が聞いても「サウンドエンジニアリング」に関しての凄さは分かっていただけると思う。この作品における「エコー」「リヴァーヴ」の役割はとても大きい。ライブと違ってレコード(録音作品)だからこそ実現できる、深いエコーのマジックが全体を彩っている。また楽器間のバランス、ストリングスサウンドの生々しさなど他のロックバンドとは次元が違っていることがそれなりの装置でCDをかければはっきり分かる。でも私はそんなエンジニアリング的要素よりも「音色」という音の感覚にかんするレディオヘッドの感性の方により感動している。

具体的にはこのコリンのベースサウンド。「NUDE」という曲や「ALL I NEED」といった曲の低音サウンドにちょっとびっくりしてしまった。広大で深く柔らかいのに何故かピカピカ磨かれたような聴いたことないというくらい、不思議なサウンド。その上に実にナチュラルで弦のこすれる音まで見えるようなギターの音色や鉄琴の透明感ある音色がかぶさってきて、なんとも「コク」のあるサウンド。これに関してだけは「イン・レインボウズ」のそして「レディオヘッド」だけがもつ独特の、そして現代のロックバンドが到達できない「美」なのだと思う。

あちこちの雑誌のインタビューで「音楽の持つ価値について皆に考えて欲しい」といっていたレディオヘッド。「イン・レインボウズ」を聴くと音楽の持つ価値が本当に無限だと改めて思わせてくれる。最近レッドゼッペリンが再結成して話題になってるけれども、あのような凄いバンドをリアルタイムで体験し、自分のものにできた世代がとてもうらやましいと思う。でも「イン・レインボウズ」をリアルタイムに体験し、自分たちの音楽だといえることは負けずに素晴らしいと思う。

最後に、話題のダウンロードもいいと思いますが、これだけ美しい「音」の芸術作品、CDやレコードでじっくり聴く機会を持つことをお薦めします。

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2007年10月28日 (日)

「ブルース・スプリングスティーン / マジック Bruce Springsteen / Magic」2007年

予てから前評判の高かったブルーススプリングスティーン(以下面倒だからブルースにします)の新作「マジック」が10月24日、ようやくここ日本でも発売された。アメリカの「ローリングストーン」誌がアルバムレビューで最高点5つ星を献上し、Eストリートバンドとも5年ぶりの再結成ということもあって、全世界10カ国ですでにチャートの1位を獲得したという。

そんな前評判に期待を膨らませ、早速購入しすでに5日間、毎日何度も聴いている。ここ数年の作品の質の高さを維持しながらも、同時にポップで明るいブルース節全開という内容に完全にやられてしまい、その素晴らしさをどう伝えていいのか分からないままこの文章を書いている。サウンド、歌詞、メロディー、装丁すべてにレベルが高く、非常にスケールが大きく深い内容に久しぶりに音楽が持つ内在的な力そのものについて語りたくなってしまった。

さてその内容を語る前に、この作品に否定的な意見も紹介しておこう。どうもマスコミのニュースを見ると、「歴史的名盤」とか「世界中が躁状態」なんていう、賞賛一色なのでそれが本当に全世界のブルースファンの本音なのかどうか知りたくて、雑誌やネットをいくつか調べてみた。ブルースのよき理解者だったSNOOZER誌の編集長田中宗一郎氏は「マジック」をレビューで酷評している。いわく「かつてのEストリートバンドをなぞっているよう」「パールジャムのできそこない」「キラキラしてビックなサウンドのブレンダン・オブライエンのプロデュースが最悪」「シャッフルせず大味な8ビート」と全く評価しておらず、「これを聴くなら初期の5枚を聴くべき」としている。国内で見た雑誌ではこの田中さんの意見は少数派に思えるが、こと本場アメリカに目を向けると決して少数派ではないようだ。

アルバムレビューで5つ星をつけた(これはめったにないことなのです)ローリングストーン誌のWebサイトでは読者のレビューを載せているページがある。これをみると読者の平均点は星4つで、ここを細かく見ると、田中氏と同じような意見の人がそれなりにいるのである。「たしかに素晴らしい作品だけど5つ星ってほど?5つ星というのは(明日なき暴走)みたいな作品のことをいうのでは?」「ブレンダンのプロデュースがいけない。コンプレッションが強すぎ、ビックサウンド過ぎる」などの意見が結構見られる。これらの意見、的外れかというとそんなことはなく、かなりあたっているところがある。私自身も実はこのブレンダンオブライエンのオルタナロックみたいな音作りはパールジャムにははまっていたと思うが、ブルースとEストリートバンドにはやや違和感があるのをぬぐえない。そんな欠点を多く含んでいるのを承知しながらもやはり「マジック」は大傑作なのだと思っている。

アルバムのテーマは「崩壊してしまった世界から崩壊する前の愛する故郷へ、そこに少しずつ戻るための長い道程」というべきもの。はっきりとこのように定義できるものではないが、すべての曲にこのようなテーマが色濃く表現されている。全11曲プラス1曲。なにしろ捨て曲はひとつもなく、すべての曲がこのテーマに色を添えるためにそれぞれの役割を果たしている。アルバムははまず「レディオノーウェア」から始まる。この曲が「できそこないのパールジャム」と田中氏に酷評された曲だが、アメリカでは1stシングルとなっている。実際どっからどう聴いてもパールジャムにそっくり。私も最初聴いたときは驚いたし、ちょっとひいてしまった。「どうして天下のボスが、若手の真似なんかするの」と(ちなみに私はパールジャム大好きです。だから余計そう思った)。

でもこれは誤解で、歌詞を読み、2曲目を聴くとこの曲の意味が深く分かるようになる。この曲はつまりアルバムの序曲だと思うと分かりやすい。本編は2曲目から始まり、この「レディオノーウェア」は「これからマジックが始まりますよ。その前に皆聴いてくれこの叫びを」という感じなのではないだろうか。解説で三浦氏が指摘していることだが、この曲の冒頭が「故郷に帰る道を見つけようとしていた」で始まるのだがこれはもうアルバムのテーマを暗に提示している。そして「こちらレディオノーウェア、そっちに誰か生き残っているやつはいるかい」というメッセージは、昨今のレディオ局への批判ともとれるが、同時に「このアルバムを聴く準備のあるやつはいるかい」、そして「絶望の中でも故郷に帰ろうとしている奴はいるかい」といっているようにもとれる。つまりこれから始まるアルバムを象徴するナンバーなのだと思うのである。サウンドは明らかに意図的にグランジのささくれだったギターサウンドを選択し、ある意味での不安と絶望を表現してる。いきなりブルースのお祭り大会みたいなサウンドに持ち込むのではなく、きちんとした現状認識と絶望感をまず共有したところからスタートしようとしているのではないか。

そして2曲目の「ユールビーカミンダウン」が始まると、もうそこは大お祭り大会。総天然色のスプリングスティーン・ハイ(渋谷陽一さんの言葉。ハイとは麻薬を打ったときの状態用語だが、麻薬がなくともスプリングスティーンを聴くだけでハイになってしまうこと)にだれもが引きずり込まれてしまう。1曲目のモノクロ状態から2曲目の完全なブルースとEストリートバンドのアメリカンで楽しいサウンドの対比は実に素晴らしい。まさか80年代の「ボーインザUSA」なみのハイなサウンドをこの2007年にブルースが復活させてくれるとは思っても見なかったから。ただ歌詞を読んでもらえれば往年のボブディラン並みの辛辣で、誌的でありながら毒があるのが分かる。どうしてこの歌詞でこのポップなサウンドなんだろう。もうボス完全復活という感じでむやみに嬉しくなってしまう。

そして3曲目、ここでアルバム最初のハイライトが登場する。「ハングリーハート」「凍てついた十番街」の2007年版といっていい「リヴィングインザフューチャー」の登場だ。クラレンスのサックスが高らかになり、ブルースの歌はどこまでも生き生きとし、溌剌としている。歌がグルーヴしているとってもいいくらい。「ラララーラ」のフレーズは今後全世界のスタジアムで合唱されることだろう。ここではブレンダンのモダン志向のプロデュースもEストリートバンドと調和することに完全に成功している。この素晴らしい歌詞、全部書き出して紹介したいが、是非国内盤を買って聴いてみてください。「心配しないでダーリン。私たちは未来に生きている。このことはまだ何一つまだ起きていない」というメッセージは、絶望の中にも少しずつ世の中を回復していこうというブルースのぎりぎりの思いが見事に表現されている。これはアメリカ国民に向けられたメッセージかもしれないが、日本に住む私たちにも切迫したものとして受け取ることができる。

さてその後も素晴らしい曲が続き、2つ目の山が登場する。それが「ガールズインゼアサマークローズ」である。ストリングスを効果的に使ったポップなサウンドはなるほどビーチボーイズとEストリートバンドの幸福な出会いを思わせる。これほどまでにポップな楽曲をアルバムの流れを損なうことなく提供できる作曲能力の高さも素晴らしいが、やはり出てくる「崩壊」のイメージと夏服の女性の「癒し」のイメージを見事なまでに両立させ、人の脳裏の焼付け、夏の夜のような気分にさせてしまう描写力も素晴らしい。

そして最後のクライマックスが10曲目の「ロングウォークホーム」。途中で書いたアルバムのテーマをこの曲がすべて象徴している。崩壊してしまった世界と、故郷への静かな再生への道。ライナーノーツで湯川氏が書いているように、今回のアルバムどんなに明るくてもどこか泣けてしまう。ブルースの歌が、この世界と対峙し、孤立し、緊張し、でもなんとか皆とつながって少しでも良くしたいと思っている世界中の人々の心をどこまでも明るくし優しく語りかけ、冷たくなった心を溶かしてくれるからだろう。

昔のロック雑誌には時々「音楽は世界を変えられるか」なんて特集が組まれていた。今そんな企画成り立つのだろうか?まるっきりしらけてしまうのでは?でもこの「マジック」もう一回世界に対して「音楽は世界を変えるか、そしてあなたを変えるか?」と問うているようだ。すぐには無理でもすこしずつというのを付け加えながら。

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2007年6月15日 (金)

少年ナイフ インストアライブ アップルストア銀座(Apple Store Ginza) 2007年6月10日

少年ナイフのファンは幸せだ。このように小規模なホールで間近にアーティストの息吹を感じることができ、様々なライブの形態を通して少年ナイフの音楽の魅力に迫れるのだから。今回レポートするのは先日少年ナイフが銀座にあるApple Store Ginza(アップルの直営店)で行ったインストアライブ。

インストアライブといってもピンとこない方もいるかもしれない。その名の通りまさにショップ(店)の中で行うプロモーションを兼ねたライブ。レコードショップがやはり中心だと思うけれど、私はHMV,タワーレコードで少年ナイフが行ったインストアライブを見たことがある。昔に比べて音楽を楽しむ形態は本当に多様化された。そんな現在でもインストアライブというのはやはり貴重な体験だ。少年ナイフも例えば大規模フェスティバルにも出演するし、中規模、小規模のライブハウスでも演奏する。それだけなら普通のアーティストでも体験できることだけれども、テレビにいつも出演しているようなアーティストは小規模ライブハウスの体験をすることさえ難しい。少年ナイフは昨年大学が主催するお祭りに出演するという素晴らしい体験を提供してくれたが、このインストアというのも、店で通常の販売を平行しながらライブを行うという何とも言えない日常と非日常が混じって、独特の音楽の楽しみ方を享受できてうれしい。

さて日曜の夕方の銀座、まだまだ多くの人どおりで賑わっている。その中でもアップルストアはさすがというかかなりの人混み。入口にインストアライブの看板が立ててあって、「世界の少年ナイフ」という感じの紹介がされている。30分前についたらもう行列ができていた。インストアだから少年ナイフの熱狂的なファンばかりではない。なんかおもしろそうだから並んでみたいな人もいそう。行列を見て「あれは何が始まるんですか」と店員に聞いてる人も結構いた。いよいよ開演で3Fのホールというかスタジオに入る。これがびっくりのとてもきれいなシネマ単館ロードショーみたいなホール。しっかりした固定椅子が備え付けてあり、とにかくそこに気持ち良く座った。さてこのシネマホールみたいなスタジオもすでに満員。

少年ナイフがいよいよ登場。代表曲の「ロケットにのって」を演奏し始める。立て続けにこれまた私がもっとも好きな楽曲の一つである「Girl’s Rock」。リーダーでボーカルの直子さんはかなり緊張していたような感じであった。いつものようにライブの大熱狂状態で勢いに任せてギターを振りかざしてはじけて歌う、というよりは一つ一つのメロディーをきちんと追って丁寧に歌っていた。サウンドもバランスをとりながらアンサンブルを合せているようだった。それもそのはず、ナイフが奏でるパンキッシュなサウンドとこのホールの雰囲気の微妙な対比、クラシック音楽を聴いているような観客との距離、そして当日は撮影・録音がされており、後日I-Tunesでこのライブの模様が購入できるというある種のプレッシャー。

でもここからが少年ナイフの真骨頂。海外の大規模アリーナ、フェスへの出演、ニルヴァーナなどの世界的バンドとの共演、お祭りの出演、レコードストアでのライブ、ある意味百戦錬磨のパフォーマーで、芸人としてのセンスを持ちあわせたこのバンドはもうどんどん観客との距離を縮めて、熱狂の渦に巻き込んでいく。横の列にいた外国人の家族も一緒に歌っているし、席に座りながらも腰を浮かせてリズムを取ってる人もいる。我慢できなくなって手を振り上げて叫ぶ人も。それに合わせてギターの直子さん、サポートベースの方(ごめんなさい名前が分かりませんでした)もどんどんポーズをとったり、前にでてきたり、ギターを振りかざしたりしてお客のハートをつかんでいく。もう最後の方の「スパム」「ジャイアントキティ」になると、終始ナイフサイン(へヴィメタによくでてくるやつです)を出して手を振りあげる人でいっぱいになり、ナイフのグルーブも爆発していく。ドラムのえっちゃんこと悦子さんは素晴らしいテクニックとリズムでバンドのエンジンとなってそのグルーブの核を担い、ものすごい大きな拍手を受けていた。

小さいホールでファンを相手にしていれば盛り上がるよと思った人もいるかもしれないが、実際あの会場の雰囲気をコントロールしてお客と一緒にもりあがっていくというのは大変なことだと思う。なにしろこのホール、とても響きがクリアでバランスがいいのだけれど、これだけの満員状態での音のバランスを想定して設計していないのだろう、すごく響きがデットになっており(エコーがかからず、響きが短くスパッと切れてしまう状態)、音がクリア過ぎて、音の横のつながりが出にくい状態になっており、グルーブを表現するのがとても難しい環境だったからである。魅力的な楽曲とパフォーマンス、ナイフ本来のもつグルーブ感、そしてなにより多くの経験があってこそのインストアパフォーマンスなのである。

さて、私が一番感銘を受けたのは何と言っても7月に発売されるニューアルバムからの新曲。「Ramones Forever」はおそらく、世界の少年ナイフファンが聴きたいと思わせるような楽曲。たぶん新作発表とともに、いちばん人気のある楽曲になると思う。ラモーンズ、ロックへの限りない憧憬、そしてそれが今現在の私たちへ受け継がれていく喜び。そうしたものが王道の美しいナイフメロディーと歌詞によって展開されていく。初めて披露される曲なのに多くの人が「RamonesForever,! Punk RockForever!」とすでに一緒に歌っていた。

そしてもう一曲「重力無重力」。何人かのファンの意見を読んだりしたのだけれど皆こちらもいかにも少年ナイフらしい曲と受け取ったようだ。実際ポップで前向きで奇麗なメロディーと躍動するリズムが素晴らしい名曲だと思う。しかし私だけみたいなのだが、私は「いかにも」というより随分新しい少年ナイフの現在を見た気がする。「重力無重力」の歌詞をここで深く説明したりはしないけど、この歌詞の流れで言えば、少年ナイフの音楽とはいわば「重力に逆らいながら屹立する音楽」だったような気がする。すべてがすべてそうではないけれど。しかしここではまさに「重力に身を任せた」少年ナイフが聴けたのです。深く、優しく、包んでくれる、そんな新しいナイフがそこにあったような気がする。だからパンクポップの「パンク」という枕詞が要らない、美しく存在感のある「ポップ」の境地な気がする。とにかく私自身は100%支持してしまうし、新しいニューアルバムが本当に楽しみである。

さてライブもアンコールになり、熱狂のまま終わっていった。点灯して、スタッフの方が、終了のコメントを告げようとする。しかし鳴りやまない拍手、拍手。アンコールが始まってしまった。私も想定していなかったし、スタッフも想定していなかったようだ。本人たちも想定していなかったようで、照れながら舞台に戻ってきて挨拶。少年ナイフマジックはこの日も銀座に深く浸透したようで、その素晴らしさを再認識させられてしまった。

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2007年6月 3日 (日)

「リタ・リー / ボッサン・ビートルズ Rita Lee / Bossa’n Beatles

今年はボサノヴァを作った人の一人であるアントニオカルロスジョビンの生誕80周年ということで、夏に向けてボサノヴァが盛り上がるらしい(というかそういう風に仕掛けるのでしょう)。私はボサノヴァが大好きなので、盛り上がれば嬉しいのだが、最近確かに面白いボサノヴァCDをレコード屋で見かけるようになった。

一番笑ったのがセックスピストルズのロック史上傑作中の傑作である「勝手にしやがれ」の発売30周年を記念して出た「勝手にボッサ」。何を考えてんだかと思ったけど思わず視聴してしまいました。これが実によくできていて、ピストルズのみならずクラッシュなどパンクの名曲を見事にボサノヴァにアレンジし、反体制の象徴のような音楽を、カフェバーミュージックに変えてしまったのだから最高。ボサノヴァというスタイルはこれほどまでに強力であるし、レゲエに負けず、夏向け音楽としていろんな消費のされかたをされていくに違いない。

ユニバーサルミュージックの小冊子に面白いデータだのっていて、1990年の調査で「世界でもっとも演奏された曲」というランキングで1位から4位までビートルズが独占、そしてなんと5位にはアントニオカルロスジョビン作曲の「イパネマの娘」がランクインしたそうです。ストーンズでもボブマーレーでもモーツァルトでもなくてイパネマの娘というのが面白いですね。ビートルズは当たり前で、今これを書いている時点で、日本の東京だけで、ビートルズ専門のライブハウスが何件もあるので、納得できるけど、イパネマの娘も実はいたるところで演奏されてるんですね。まあ世紀の名曲だからこれまた当然でしょうが。

さてあまりにも長い引っ張りですが、今日紹介するにはビートルズをボサノヴァでカバーという、実に誰もが考えそうで、実際1000以上ありそうですが、このリタ・リー(本当はブラジル発音でヒタ・リーのようですが、レコードの表記にあわせます)のビートルズのカバー、ボサノヴァという枠を超えて、私が今まで聴いたビートルズのカバーで最も素晴らしいと思っている。

ビートルズのカバーというのが結構曲者で、このロック史上最高とも言えるグループは様々なアレンジとやりかたでカバーされてきたが、わざわざそのカバーを何度も聴きたいと思わせるものがなかなか無いような気がしている。よく年末とかにオノヨーコ主催のジョンレノンに関するイベントがあって、著名な日本のロックバンドがジョンやビートルズの曲をカバーしているが、どうもいまひとつぴんと来ない。みんなとっても愛情があって、熱のこもった演奏だと思うが、なかなかどうも長く聴いていたいと思う演奏に出会ったことが無い。

リタ・リーというアーティストはなにもボサノヴァ専門というわけでなく、ブラジルではロッククイーンとしてならしたアーティストのようです。大のビートルズファンだったらしく、このCDのジャケットにもリタ本人によるなんとも愛らしいビートルズの写生が載っている。そう考えると、リタ・リー本人の実力とビートルズへの愛情に加えて、やはりボサノヴァというスタイルが加わってこの奇跡的に美しいビートルズのカバーができたと考えるのがいいのかも。ボサノヴァ、やっぱり強力なスタイルである。

1曲目はハードデイズナイト、あの激しくポップの曲が、ここではユルユルの演奏で始まります。まだボサノヴァではなく、リタによるゆるいロックアレンジ。でも軽快で悪くない。ボサノヴァアルバムという固定観念で聴くとこの時点で挫折するので注意してください。このハードデイズナイトはいわゆるリタリーによる「挨拶」みたいなものです。「さあ、これから私のビートルズワールドが始まりますよ」という感じなので、気軽に聴きましょう。2曲目はサージェントペッパーから「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド」ここから一気にボサノヴァへと展開するのですが、もうこの時点で鳥肌もの。ビートルズのあの珠玉のメロディーはそのままに、美しいアコースティックギターと抑制されたボーカル、軽快なテンポなボサノヴァの世界とビートルズの世界があまりにも幸福に結びついている。ここからエレキスタイルの「抱きしめたい」まで、一気に7曲ボサノヴァビートルズが登場するのですが、すぐに気がつくのはあのビートルズのメロディをまったく崩さずに歌っているところ。

このカバー集があまりに美しく素晴らしいのは、あのビートルズのメロディーを全く崩さずそのまま再現しているところにあるから。メロディーが同じじゃつまらないじゃない、と思う方もいるかもしれませんが、あの黄金のメロディーを自分流に崩してカバーするのにはかなり無理があるのではと前から思っていた。同じ天才でもジミヘンのようにそのサウンドに革新性がある場合、メロディを自由にいじっても何の問題もないが、ビートルズははやりその魅力の半分以上はメロディーといってよいと思う。このメロディーを大切に再現したところにリタ・リーの洞察力の鋭さがある。そしてメロディーを何も変えずに再現してもまったく凡庸にならないところに、ボサノヴァというスタイルの強みがある。もちろんリタリーの抑制されたボーカルがボサノヴァスタイルとビートルズメロディー双方の本質を捉え、昇華させているからに他ならない。

「シーラヴズユー」「オールマイラヴィング」とおなじみの名曲が、淡淡と軽快に、そして透明感を湛えて生き生きと歌われていく。私は12才でビートルズに夢中になり自分の人生をすべて変えられてしまったのだけれど、その時の胸の中で沸き立つ感情を思い出してしまった。リタ・リーのファンはもちろん、ビートルズファン、そしてボサノヴァファン、誰にも大推薦の一枚です。ちなみに買うのならぜひ日本盤で。アマゾンでもHMVオンラインでも簡単に手に入ります(レコード店では売っていません)。日本盤はリタ・リーの写真がとてもポップでオシャレ、裏ジャケットも楽しみのボサノヴァ+ビートルズの実にいい雰囲気で飾っておきたいジャケットです。

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2007年3月10日 (土)

「 ジョン・メイオール・ウィズ・エリック・クラプトン/ ブルースブレイカーズ」1965年 紙ジャケット

このアルバムのようにどんな名盤特集にも載っている教科書のようなものに限って、聴いていないことが多い。でもあらためて聴いてみると、びっくり、確かに大名盤だと感動してしまった。そして皆がエリック・クラプトンに対して「ギターの神様」みたいなことを言う意味がやっと分かった気がした。

レコードショップでこのアルバムのデラックスエディションと紙ジャケットが売っているのを見かけ、ディスプレイしてあり、視聴もできるようになっていたので、ちょっと聴いてみたらぶっとんでしまった。聴こえてきたのはブルースロック。ところでブルースロック。ブルースそのものを聴いたことがなくても、ロックが好きならば必ず一度は耳にする音楽スタイルだと思う。エリッククラプトンの諸作、レッド・ゼッペリン、フリー、昔のフリートウッドマック、そして最近でもブルースロックとパンクを掛け合わせたブルースエクスプロージョン、そして大人気、フジロックのトリをつとめたホワイトストライプスなど時代は変わってもそのスタイルは今も受け継がれている。

ブルースというのは伝統のスタイルにとらわれず、本当に懐の深いスタイルなのだ。ホワイトストライプスなどデトロイトロックとブルースを掛け合わせそれにパンクにも通じる破壊的な衝動も表現し、ブルースロックが今日でももっともヒップでクールなスタイルだということを教えてくれる。だからイギリス人もアメリカ人も日本人もブルースロックが大好きだ。私もイギリスでたくさん出てくるブルースロックの新人、あるいはホワイトストライプスなどどれもかっこよく思えてしまう。

ところがこのブルースブレイカーズのアルバム65年にして今の多くの新人が取り組んでいるブルースロックのすべてがすでにある。新鮮かつ全く古くない破壊的でかつクールなブルースロックなのである。「ええ、なんだこれがすべての(特にイギリス人にとっての)原点だったのか!」と驚きと感動がいっぺんに押し寄せてきた。ただブルースロックの元祖というだけなら他にもそういうバンドはいるかもしれない(アメリカだとポールバターフィールドなど)。このアルバムがカッコイイのはブルースロックの原点ということより、エリッククラプトンのギターこれに尽きると思う。

この点だけに焦点を挙げれば、ホワイトストライプスよりもレッドゼッペリンよりもカッコイイ。このカッコよさは尋常じゃない。ディストーションを派手に利かせキラキラの音で迫ってくるクラプトンなんて信じられない。速弾きもラウドもスピードもあり、エレキギターのカッコよさの見本市である。私はこのアルバムのエリッククラプトンが彼のギタープレイとしては一番好きだ。今まで音楽としては「レイラ」にしろ「461オーシャンブルーバード」にしろクラプトンは数々の名盤を作ってきたと思う。でもギターの神様というキャッチフレーズにはいつも違和感があった。

先日プレイボーイ誌のギタリストアンケートで堂々の第1位に輝いていたがどうしてなんだろうと思ったりもした。でも同誌の中のインタビューでピーターバラカン氏が「ジョンメイオール&エリッククラプトン」の意味を理解しないとクラプトンの成し遂げた凄さは分からないといっていたのが、今こうして聴いて見ると実によく理解できる。裏ジャケットでシャツのカフスのボタンを締めないで、ギターのチューニングをする写真が最高に素晴らしい。当時のイギリスの青年の多くがこれをまねたというのもうなずける。カフスボタンはずして携帯オーディオでこれを聴きながら出勤したらなんか元気でそう。これこそ温故知新、現代人でも必聴のスーパーギターアルバムである。

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2007年1月 7日 (日)

「ブルース・スプリングスティーン / 明日なき暴走 30th anniversary Edition  Bruce Springsteen / Born to Run 30th anniversary

新年最初に紹介する音楽は、新年を飾るにふさわしい傑作をと思っていたら昨年最もよく聴いたこのブルーススプリングスティーンの歴史的傑作の30周年記念盤にしようと思い立った。

ブルーススプリングスティーンを語る上で最も重要な要素は歌詞であり、その世界観であることは間違いない。「ロックンロール・ミュージックが、これほどストーリー性のある深い歌詞を与えられたことが、その歴史の中で一度でもあっただろうか。」(「意味がなければスイングはない/村上春樹より」。

でもここでは歌詞の話題はなるべく避けようと思っている。そのサウンドを追求することで魅力に迫りたい。うまくいくかどうか分らないけど。ちなみにブルーススプリングスティーンの歌詞や音楽の持つ世界観を知りたい方は、ぜひ上記に引用した村上春樹の「意味がなければスイングはない」の「ブルース・スプリングスティーンと彼のアメリカ」という文章をお読みください。これ以上素晴らしいスプリングスティーン論は音楽雑誌でも見かけないので。

さて、こんな有名な作品をなぜわざわざこのマイナーブログで紹介するかというと、なぜか私の周りの音楽ファンはブルーススプリングスティーン好きが非常に少ないのである。ビートルズもストーンズもツッぺリンもピストルズもディランもファンは大勢いるのだが、「ボス」と呼ばれるほどのスプリングスティーンは何故か人気がない。初めは例の「ボーン・イン・ザ・USA」にまつわるマッチョなイメージをいまだに引きずっているのかなと思ったのだが、そういう訳でもないらしい(そういう人もモチロンいるけど)。よく聴くと「あの分厚いサウンドがなじめない」との声が多かった。分厚いは音が厚いというだけでなく、暑苦しいという意味も含まれている。

実はこの感覚私はとてもよく分る。何故かというとつい5年前まで私自身が、全く同じ感想をもっていて、ブルーススプリングスティーン苦手でまったく聴いておらず、だからライブも一回も行ったことがないのだ。今やもっとも好きなミュージシャンだから人の感性なんていい加減なものであるが、ライブに行ったことがないのがコンプレックスになってしまうくらい、現在の私は「ボス・マニア」である。私を含め周りの大勢のファンがどうしてスプリングスティーンサウンドに馴染まないのか?(ちなみに2005年の「デビルズ&ダスト」は全世界10カ国(非英語圏を含む)で1位を獲得したが、日本では最高位25位とのこと。私の周りだけでなさそうだ)

これはまったく根拠はないのだが思い当たることがある。日本の私たち世代(40前半から下の世代)はロックといえばとにかくパンクの影響が大きいのである。ブルーハーツの歌に「僕パンクロックが好きだ」という一説があるが、日本ではイギリスを除く欧米諸国よりもパンクが一般市民権を得た音楽になっている。マンガから映画まで、最近の若い人の主人公がバンドを組むときは多くがパンクバンドのような気がしている。フジロック、サマーソニックなどに登場するバンドの多くがパンクに影響を受けたバンドが登場し、昔のロックでも「ニールヤング、ルーリード、イギーポップ」のようにパンクを先取りしたミュージシャンがゴッド扱いされる。私も実はご多分に漏れずこういったパンクの影響をもろに受けている。パンクサウンドはざらざらして、性急で、なにより音をそぎ落としていくような感覚だ。タイト&クール(ボーカルは熱いがサウンドの多くはクールだと思う)がパンクロックの身上だと思う。翻って「明日なき暴走」を聴いてみると、とても分厚く、とにかく熱いサウンド。パンク世代以降のサウンドに慣れきった私たちにはどうにも馴染めないのではないだろうか。

「明日なき暴走」が発表されたのが1975年。奇しくもNYパンクの登場と一致している。実は「明日なき暴走」もロックルネッサンスといわれ、当時のロックをひっくり返してしまう「革命」としての扱いを受けていたようだ。パンクならわかるけど、どうしてスプリングスティーンがと、昔の私は思っていたものだが、30年以上たった今これを聴いてみると本当に時代を超えた最上級の作品だというのが痛切に分ってきた。まずこの作品の鍵はすべての曲がピアノで作曲されているということである。この30周年記念盤は「メイキング・オブ・ボーン・トウ・ラン」がDVDとしてついているのでこのあたりのことが詳細に語られている。ピアノで作曲されたこの作品が目指したもの、それは「フィルスペクターサウンド」の再現である。つまりスプリングスティーンはここでは50年代~60年代初頭のロックンロール、アメリカンポップスの再現を狙っているのである。私たち日本人のある一定以降の世代で、ロックンロールやアメリカンポップスの音楽的素養を持っている人はほとんどいないと思う。ビートルズやストーンズ、ソウルは聴いても、エルヴィスプレスリーやチャックベリー、フィルスペクターが手がけたロネッツなどの音楽を聴いてる日本人などまず少ないだろう。フィルスペクターなんて、ビートルズの「レットイットビー」で後から暑苦しいストリングアレンジを手がけた人と思っている人もいるだろう。

だから「明日なき暴走」を理解するには、パンク的な価値観を一切捨てて、実は雄大で豊富な音楽的資産の上に成り立った豊かなロックンロールを体感しないといけない。ピアノですべての曲を作曲し、タイトル曲の「ボーントゥラン」にいたっては、18回にわたるギターのダビング、さらに鉄琴、ハープシコード、ストリングス、サックス、オルガン、シンセなどの楽器をダイビングして、フィルスペクターのサウンドに対抗したスプリングスティーンのサウンドは、いわゆる「ギターロック」とは遠いいわば「オーケストラロック」である。だから私はタイトル曲の「ボーントゥラン」を聴くと、あの印象的なテレキャスターを抱えたスプリングスティーンの姿より、この巨大なオーケストラバンドの指揮をしている姿を想像してしまうのである。

「ボーントゥラン」で一番好きなところはあのロック史上最高のギターソロが展開されたあとの、リズムを皆で一斉に合わせて、スプリングスティーンが「1,2,3,4」と叫ぶところである。あそこは本当に指揮台にのって、指揮棒を振ったスプリングスティーンがE-ストリートオーケストラをコントロールしているように思えてならない。あの独特のドライブ感はライブの凄さをスタジオに持ち込んだものというより、オーケストラアンサンブルに近いものを感じる。他の曲もすべてドラマティックかつ、多くの楽器がアンサンブルし、入念にコントロールされている。この作品でもっともエモーショナルで熱い咆哮を聴かせてくれるサックスのクラレンスクレモンズのソロも、実は非常に細部までスプリングスティーンの指示で吹いていたことがメイキングDVDで分るのだ。

このロックかつエモーショナル、ドラマティックなのに細部までコントロールされたアンサンブルが展開するオーケストラ感覚が「明日なき暴走」の醍醐味だと思う。スプリングスティーンのファンの人にはこの30周年記念盤は、本編のリマスター、メイキングDVD、ライブDVDがついており、必須アイテムだと思う。初めて聴く人はぜひ普通のCDあるいは現在はカッコイイ紙ジャケットがでているのでそちらをどうぞ

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